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2014年1月7日火曜日

2014/1/7 昔を思う ~ウィンドウズ95 → ノストラダムス → いまから20年後~

ノストラダムスの大予言って何だったのだろう、とふと疑問を思い出した しらいわ です。


今朝6時前に目覚めたのですが、風邪っぽかったので、布団のなかでうとうとと温まっていると、昔のことに思いを巡らせました。


ノートパソコン、もう1台欲しいなぁ~、なんてことから、なんとなくウィンドウズ95が登場したころのこと思って、当時からもう20年かぁ~、その時間の長さにびっくり。


インターネットを始めたのって、つい、昨日みたいな感じでいますが、20年近く経っているのですねぇ。信じられません。


あの頃君は若かった。





その後、なんとなくノストラダムスについて思いました。

あれも何だったのでしょうねぇ。ビジネス的な仕掛け、ではあったのでしょうが、たちの悪い冗談だったのでしょうか。

マヤの予言(2012年)なども、何ごともなく過ぎてしまいましたしね。



未来のことは不確実ですが、目の前で起こっていることを一つ一つ敏感に察知して、その未来の可能性をイメージするのがいいかもしれませんね。

1995年にWINDOWS95、そしてインターネットが本格普及したときには、いまみたいにインターネットが普及するとは僕にはイメージできていませんでした。



それでも社会やテクノロジーは発達するので、いまですと、

スマホがメガネのようになったり、、、

人型ロボットがより精緻・正確になって生身の人に近くなったり、、、

運転しなくても勝手に動いてくれる車ができたり、、、

るようなところがトピックなのでしょうか。



会計士・税理士もその頃には不要になっているだろうなぁ。会計や税務申告はみんなパソコンがやってくれるようになると思います。

その頃、何して、食べてゆこうかしら???



20年後の未来を予測するのは難しいですが、それでも現在起きている事象を手掛かりに未来を想像してみるのも良いですよね、と思いました。


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白岩会計事務所 代表 白岩俊正
 公認会計士 税理士、ロングステイアドバイザー

420-0857 静岡市葵区御幸町11-8 山口駅前ビル2F-D1
(静岡駅北口徒歩3分。ホテルアソシア向かい。1階に居酒屋庄や、ミニストップが入っているビルの2階)

2014年1月6日月曜日

2014/1/6 風邪っぽさが抜けません。

ちょっと風邪気味な しらいわ です。風邪っぽさが抜けません。




熱、咳、のどの痛みといった風邪の症状はないのですが、体がだるいです。

今日からいろいろな仕事が動き出しているだけに、この症状はたまらないです。

早く治さないと。


みなさまも、お気をつけて。





2014年1月5日日曜日

2014/1/5 帰省はお気をつけて。

ちょっと風邪を引いた しらいわ です。お正月からがんばりすぎたかな。少しペースを落とそう。

また静岡シェアオフィスが寒すぎます。ホント、サービス悪いです。もうちょっと利用者サイドの利便性や気持ちを考えてもらわないと・・・。


と書きつつ、自分のサービスも見直ししなきゃ。




さて、帰省ラッシュのようですね。

オフィスに来るときに電車で1駅乗ったのですが、これからUターンするような方たちがいました。





たとえば、静岡→東京を新幹線でしたら、1時間~1時間半程度でしょうからまたいいのでしょうが、もっと長い方は大変ですよね。

お知り合いの中には東京→福岡→東京、という方もいます。


僕の実家は沼津市で、静岡→沼津って車で1時間ですので、帰省は大変ではありません。妻の実家は静岡市内なので、車で30分くらいです。


たま~に、長距離・長時間の帰省にあこがれるのですが、毎回の方は大変でしょうね。


事故のないようにお帰り下さい。

2014年1月4日土曜日

2014/1/4 心が変われば~ 

有名な言葉なのでみなさんご存知だろうなぁ、と思いながら、作ったPOPをfacebookにアップしたら、予想以上に反響がよくてびっくりした しらいわ です。


この言葉です。





すべての事象の見方、捉え方は自分の心が決めますので、自分の心をいつもポジティブ・ポジションにおいておきたいですよね。


風景がさみしく見えるのは、見る人の心がさみしいからだ、と、確か、村上龍さんが言っていました。

その通りですね。


できるだけ、ポジティブに行きましょう。



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白岩会計事務所 代表 白岩俊正
 公認会計士 税理士、ロングステイアドバイザー

420-0857 静岡市葵区御幸町11-8 山口駅前ビル2F-D1
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2014年1月3日金曜日

2014/1/3 わが母の記 → 中原中也 → 100年カレンダー

昨日(2014/1/2)、仕事初めだった しらいわ です。

たまたま実家に電話する用があり、母にそのことを話すと、無理しないようにね、とねぎらってもらいました。

電話を切って思ったのですが、母は12/31の夜まで働いていて、1/1の朝にはおせちやお雑煮を作って働いていますね。

主婦ってえらいなぁ、と思いました。感謝しかありません。




さて、年末、なんとなく泣きたくなってTSUTAYAで『わが母の記』をDVDレンタルしてきました。これ観て泣けば2013年の疲弊した心、中原中也的な汚れちまった悲しみが浄化されるかなぁ、と思ったのですが、自宅で観る機会がなかったので、オフィスで観ようとDVDを持ってきました。

パソコンで観ようと思います。(T_T)

と、まぁ、僕の悲しみといっても

・太った
・髪が抜ける

みたいなことですけどね・・・。



関係ないですがこのYahoo!知恵袋のベストアンサーはすごいです。お時間あるときにお読みください。



また、年末、こんな文章も書いてみました。
これも長いですので、お時間あるときにお読みください。


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いま を生きるための100年カレンダー
(長文です)




そのカレンダーを初めて見たのはある会計事務所でのことだった。知り合いになった会計事務所の所長のオフィスに遊びに行くと、その所長のデスクの前にそのカレンダーは貼ってあった。

これ、なんですか??

と訊ねると、


100年カレンダーだよ、と教えてくれた。



生まれ年から始まる100年カレンダー




100年カレンダー?生まれ年から始まる??


意味が分からなかった。


所長によれば、大きなポスターに100年分のカレンダーが書かれているのだという。しかも自分の生まれた年から始まる100年。

所長は1974年生まれとのことで、1974年からの100年分のカレンダーが1枚のポスターに書かれている。20年ごとに1行、下から順に1行ずつ計5行で100年分のカレンダー。

確かに、カレンダーをよく見ると、小さな文字で1日、1日の日付が記載されている。1日1日、1ヶ月1ヶ月、1年1年、それが20年で1行、という感じで100年。


あ、なんかすごい、と思った。よくわからないけど、おもしろい。


所長さんは楽しそうに話している。これがね、僕の生まれた日、というところには赤の付箋が貼ってあって、「←生まれた日」と書いてある。ふ~ん、と思う。

さらには、小学校に入学した日、中学校に入学した日の付箋も貼ってあり、1988年14歳の時には「初めて恋した日」という付箋もあった。ふふ、かわいい。

さらに目を移すと、2002年/28歳の時には「2つ目の会社に入社した日」、2003年/29歳の7月には「入籍した日」、2012年/38歳の時には会社を退職した日、という付箋もある。なんとなく楽しい、所長さんの人生が見える。


2020年7月には「葵タワー19階入居」と書いてある。葵タワーとは数年前に静岡駅北口にできたオフィスビルだ。これなんですか?、と訊ねると、僕の目標だよ、という。いまから7年後の東京オリンピック開会式の日にそのビルに入居するのを目標にしているのだという。おもしろいですね、私は言う。


ふとカレンダーの上の方に目を移すと、2049年、75歳の年に「命日予定日」と書いてある。

これなんですか?と訊くと、

僕の最期の日、予定だけどね、とのこと。

最期の日?と聞くと、

そう、僕の命はここで終わり、と答える。


どういうことだろう???よくわからない。


所長さんは楽しそうに答える。

このカレンダーはね、自分の人生を可視化することができるんだ。可視化、見える化ということだけど、生まれてから100年という時間をこのカレンダーは表す。その中にはいろいろなことがあるよね。その人にとってのすべてのイベントはこのカレンダーの中に納まっている。その中でも特に大切なのは生まれたときと、亡くなる日。亡くなる日については、100歳まで生きる人はほとんどいないから、だいたいの人はこの100年の中のどこかにその日がある。その日はいつかわからない。わからないけど、高い確率でその日はこのカレンダーの中にある。

人の人生はいつ終わるかわからない。それは誰にもわからないのだけれど、わからないからこそ、終わりを設定することに意味がある。自らで自らの生に終わりを設けることで、生が有限であることを強く意識することができる。もちろん、そこで自らの命を断つわけではなくて、仮ではあるのだけれど、生の終わりを仮にでも決めることで、命はだらだらと続かないと自覚できて、「今」を大切に生きることができるよ


と所長さんは言う。


そのとき、彼の携帯電話が鳴り、部屋から出て行ってしまった。

そのカレンダー、インターネットで買えるから、検索してみるといいよ、という言葉を残して。


部屋に一人残された私はカレンダーを眺める。静かに、そっと。


暗くなった窓の外からは冬の冷気が入ってくる。外は寒い。そして静か。



100年カレンダー… と私はつぶやく。


私は1985生まれで、いま28歳。このカレンダーが私のモノだとすると、下1行の20年が終わり、下から2行目の1行のうち8年目が終わろうとしている。私のカレンダーには小学校入学した日、大学に入学した日、今の会社に入った日などは書ける。初恋の日、初めて恋人ができた日も書ける。初めて恋が終わった日も書ける。


将来については何を書けるだろう・・・。


私の目標、目標というと固すぎるけれど、自分の将来に起こるであろうことについては何を書こうか。結婚する日、子どもが生まれる日、子どもは2人欲しいから、1人目が生まれた3年後くらい後にその出産予定日を書こう。その子どもが学校に入る日なんかも書きたいな。将来はマイホームも買いたいから、マイホームへの入居日も書こう。そのためには旦那さんになる人にはがんばってもらわなくっちゃ。


ふふ、なんか楽しい。夢が広がる。


ふと、目をカレンダー上で進めると、50歳という年齢がある。


50歳…。50歳は母が亡くなった年齢だ。


私の母は5年前、私が23歳の年に亡くなった。気付いたときにはガンが手遅れになっていて、治療できない状態だった。

ひとり娘の私は母と仲が良かった。子どもの頃から姉妹のように一緒にいた。私は母には何でも話した。学校であったこと、友だちのこと、勉強のこと、好きになった男の子のこと、男の子に好きだと言われた時のこと、そのときの気持ち、将来の進路に悩んだこと、会社であったイヤなことなど。ホントにいろいろ話をした。

母とはもっともっといろいろな話をしたかった。恋のこと、恋人との別れのこと、仕事とのこと、結婚のこと、父との出会いについてももっと話を聞きたかった、母が亡くなって父は急に老け込んでしまって昔のことは話さなくなってしまったので、二人が若かったことのことを聞きたかった。そして、私が幼かった頃の話をもっと聞きたかった。私が生まれたときの話も。

母のことを思うと涙が出る。母は私の中でまだ生きている。生きていて、いまは少し出かけているだけ。しばらく待っていれば、夕食の買い物を終えて帰ってきて、玄関に私の大好きな笑顔とともに現れる。あら、帰ってたの~、夕飯作るの手伝って、と言いながら。

母は料理が得意だった。ホントにいろいろな料理を私に作ってくれた。そして私は母と一緒に食事を作った。その姿をうれしそうに眺める父の姿も好きだった。でも、そんなことはもうない。もう二度とない。


母が亡くなって長い時間が流れた。


母は50歳で自分が死ぬとは思っていなかったはずだ。体の線は細かったけれど、病気にはなりにくい人だったから、基本、元気だった。私と口げんかすることもあったけれど、いつもおだやかで、優しくて、楽しい人だった。


大好きだったお母さん、なぜあなたは死んでしまったのだろう。なぜもっと長く生きていてくれなかったのだろう。私はいつもあなたに会いたいのに。あなたと会って話をしたいのに。他の誰にも言えないこと、いちばんの親友にも言えないことを私はあなたに話したい。たくさん、ホントにたくさん私はあなたに話したいことがある。一度でいい、私はあなたに会いたい。



もし母がこのカレンダーを知っていたら、自分が50歳という若さで亡くなることを知っていたら。私との関係は変わっていただろうか。もっともっと、いろいろなことをたくさん話しただろうか。ずっとずっと、父があきれてしまうくらい、ずっとあなたと私は話をしただろうか。


もう、わからない。母は亡くなってしまった。


そして、私は私のことを考える。私が私のカレンダーを持っていたら、と考える。


私は何歳のときに終わりを迎えるのか。母と同じように50歳か、それとも70歳か、80歳か。わからないけれど、自分で終わりを定めるのも良いと思った。自分の終わりを明確に意識して、その瞬間、瞬間を生きつつ、周りにいる人にたくさん話しかけよう。将来の夫、子ども、友人たち、みなにできる限り話をしよう。それが私のできること、しなければならないこと。それが私にとって人を愛するということ。


いまを生きるため、終わりを定めよう。終わりを定めて、終わりを意識して、いまを生きよう。


このカレンダーを買ってみよう。1985年から始まる100年カレンダー。そして自分の部屋に貼ろう。毎日このカレンダーを眺めるのだ。カレンダーには母が亡くなった50歳という年齢で母の命日に大きなしるしをつけよう。それまでは私と母は別の人生を生きる。私は私の、母は母の。でも、母が亡くなった日以降は、私と母は一緒に生きよう。母が生きられなかった時間を、私は自分の生の中に取り込んで生きてゆこう。


母は私の中で生きる。


お母さん、私はあなたが亡くなってから深い悲しみと喪失の中にいました。それでも今日から新しい生き方を生きられそうな気がします。お母さん、ありがとう。長い間落ち込んでいてごめんね。天国からそんなんじゃだめだよ、って何度も叱ってくれてたよね。ごめんね、やっと立ち直れそうだよ。


いつかあなたに会うその日まで、あなたに話したいことをたくさん集めておきますね。たくさん、たくさん、集めておきます。そして、その時が来たら、一緒に料理を作りながら、ずっとずっと話をしようね。


http://my100years.jp/index_pc.html




2014年1月2日木曜日

2014/1/2 初夢=フォーチュンクッキー → ランチェスター研究へ

2014年の初夢はAKBの『恋するフォーチュンクッキー』だった しらいわ です。




さて、ここ1週間ほど、夜10時台に寝ています。昨年後半は12時近くまで仕事をしていて、夜2時頃寝る生活になってしまっていたので、早寝早起きに切り替えて、朝型の生活にしよう思っています。

それでも、体が慣れないのか、夜10時に寝ると夜中の2時台に目が覚めてしまいます。眠れないことについて、あまり考えても仕方ないので起きてパソコンしたり、本を読んだりしています。


睡眠不足だと昼間眠くなってしまうのですが、その場合は15分ほど寝ると頭がすっきりするのでとても良いですね。


僕は自営業なので、自分で働き方を決められます。例えば、昼間眠くなった時点で15分ほど仮眠を取ることにしています。仮眠を取ってしまった方が、その後の仕事の効率は、仮眠を取らなかった場合に比べ数倍上がるので、その方が良いようです。しかも、15時間くらい働いていても、それほど疲れませんしね。



この仮眠を取れる、というのが自営になって、いちばん良いところかな~と思います。




しかし、自営の場合自分が働かないかぎり、お客様からお金はいただけないので、休もうと思えばいくらでも休めるのですが、休んでも気持ちは落ち着かないです。それなら働いてしまった方がいいな、と思ってしまいます。

とても幸いなことに働くのは好きなので、楽しく働いています。僕がまともに働けるのってあと20数年だと思うので、その間、できる限り社会に貢献したいと思いますしね。



ということで、いま、2014/1/2 3:18ですが、ランチェスターを学んだりします。






がんばります。(^^)v


2014年1月1日水曜日

2014/1/1 祝・新年、プロフィール更新

新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。今年も良い1年にしましょうね。の しらいわ です。




さて、2013年が終わりましたね。2013年の最期は紅白歌合戦を見ていました。

大きな声では言えないのですが、どうしても嵐の5人の名前が覚えられません。そういうこと言うと、こいつ人間じゃない、的な扱いを受けるので早く覚えたいです。

ちなみに、AKBは10人くらい顔と名前を一致させて言えます。やっぱりオスだよな、オレ、と少し残ったオス性にうれしくなります。



ところで2013年末日に、ブログに掲載していた自分のプロフィールを作り直しました。プロフィールは何回も作り変えなさい、とアドバイスされます。私のような自営業で、士業のように販売している物品がなく、そのサービスが目に見えにくい職業だと、「自分」を売るのが分かりやすいため、です。


「自分」を買ってもらう、ということですね。


自分磨きは大変ですが、さびつかないように、この人おもしろいね、元気だね、と言われるように2014年もがんばります。


以下、作り直したプロフィール。


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白岩会計事務所 代表 白岩俊正

公認会計士・税理士・ロングステイアドバイザー


〒420-0857
静岡市葵区御幸町11-8山口駅前ビル2F-D1
Tel 054-267-2370 / Fax 050-3383-1217
info@shiraiwa-kaikei.com


<経歴>

1974/2/18静岡県沼津市生まれ。みずがめ座、O型、3人兄弟の末っ子として育つ。 

日本大学三島高校、日本大学国際関係学部(三島市)卒業。29歳で結婚するまで沼津市で暮らす。 



高校時代、受験中心の学校生活で自分が出席番号と点数の2つのみで評価、管理される存在でしかないことにショックを受け内向的な性格になる。村上春樹の影響を多大に受け、非社交的に。それでもキライな学校を見返すため、自分を孤独に追い込んで必死に勉強し、3年次には学年でトップの成績を収める。



大学時代も人に心を開けず、大学4年次には自身のスキルのなさ、コミュニケーション能力の低さに怯え、就職活動を忌避。軽いひきこもり状態になり、就職しないままフリーターへ。 



卒業後、勇気を振り絞ってアルバイトを始めたTSUTAYAでもともとの実直な性格が出た働きが認められて社員に登用される。そのとき、売上、利益という経営概念がわかっていないため、先輩社員から「簿記を習った方が良い」とアドバイスを受け、素直に簿記の社会人コースを受講。おもしろい先生にめぐり合わせ、3級コースに続き2級コースも受講。

簿記の知識をTSUTAYAの業務に生かすと、担当していたCDレンタル部門の売上、利益が不思議に上がる。また、TSUTAYAの20歳前後のアルバイトさんたちを取りまとめてリーダーとして、楽しく業務を行うと、最終的には担当部門の売上がTSUTAYA約1000店舗中2位に。経営知識、チーム形成の重要さを実感する。 



経営について追求するため、公認会計士を目指すこととし、2年ほど勤務したTSUTAYAを退職。親の援助を受けながら、3年間会計士を目指して勉強。1日15時間勉強し、寝ない・遊ばない・食事しない(1日おにぎり2つ)、というように自分を限界まで追いつめて合格。合格した以上に自分の限界を知れたことが最大の成果と考える。 



2002/10、4大監査法人のうち、名門「監査法人トーマツ」に就職。10年在籍し、金融機関、製造業、鉄道会社、バイオベンチャー等多数の会計監査に従事。同時に会社の経営、意志決定過程、組織・人事、財務等について学ぶ。同時に、静岡県、国立大学法人等、行政についての監査も行い、民間企業、地方公共団体についての知識を深める。 



監査法人には10年在籍。業界の遍歴を体感するが、会計が実務からより学術的になり現場のニーズから離れていることに疑問を感じ、また会計監査が実利的ではなく形式的になる傾向を強めたことから、監査法人対大企業・大組織というBtoBの業務よりも、より中小企業の社長や相続問題で苦しんでいる個人に近いポジションで業務を行いたいと思うようになる。そして、2012/10、監査法人を退職。 



2013/1独立開業。直後に業務多忙となり、2013/5静岡駅北口すぐにオフィスを構える。 



独立開業して強く思うことは、個人の力は小さいが、大勢の力を集めれば大きなことができる、ということ。ひとりではできなかったり、意欲が続かないことも、大勢で力を合わせて、励まし合えば大きな力になる。そんな思いで、同業者、士業、同世代に呼びかけを行っている。その思いに共感していただける仲間が集まってきている。



その仲間たちと一緒に日本の未来を明るいものにしたいと考える。日本の未来は、今後数十年かけて、諸外国に負けて、追い抜かれてゆく予想があるけれども、そうならないためには私たち現役世代ががんばって盛り立ててゆかなければならないと思う。

会社員は会社で、経営者・自営業者は各々のビジネスで、主婦の方は家事や育児で。各自が各自の持ち場で全力を尽くして、努力を怠ることなく、困ったら仲間に支援を求めながら、力強く、一歩一歩前へ進んでいかなければならないと強く思う。

そのための仲間づくり、チーム作りが私に課された使命だと、思いながら、日々業務に取り組んでいます。 



私と一緒に、自分のベストを尽くしつつ、明るい未来を作りませんか?? 

そのためのお手伝いを私および当事務所にさせていただけますと幸いです。





<備考> 

A 交流会
・静岡をアツくする会、沼津をアツくする会 主催
 主に静岡市、沼津市の30代を中心とする現役世代の人脈づくり、情報交換、刺激を与え合うための場づくり、として2か月に1度開催。静岡市では各回30名超の参加をいただいている。

・士業の会
 静岡市の弁護士、司法書士、行政書士、会計士、税理士、社会保険労務士などを集めて毎月勉強会 or 懇親会を行っているもの。毎月士業間で勉強、情報交換を行い、懇親を深めて、静岡社会、経済に強く貢献することを目指している。

・ロングステイ・アドバイザー・ミーティング
 静岡県内のロングステイ・アドバイザーを集めて毎月1回行っている勉強会。各自の活動・近況のほか、各国の知識・情報共有等を実施。

B 趣味 

・フルマラソン(過去5回参加。ベストタイム5時間15分と遅いですが、大好きです)

・登山(北アルプス・白馬岳2012/8、中央アルプス・木曽駒ヶ岳2013/8、沼津アルプス(過去4回)、富士山3回登頂など)

・空手(大学時代に和道会初段取得。黒帯)

・読書。小学生時代から読書好きでした。高校の時には村上春樹のほか、村上龍、吉本ばなな、落合信彦をよく読みました。社会人になってからは中谷彰宏に一時ハマりました。実務的な本をよく読みます。 

・英語。TOEIC845

・アーティストの斉藤和義好き。『歌うたいのバラッド』は毎日聴くか、歌っています♪


C 手術

・慢性化した扁桃炎を根治するため、2011/10扁桃腺摘出済。手術前は残業が続いて疲れがたまったり、マラソンをしたりすると喉が腫れてすぐ高熱が出ていたが、手術以後は、喉が腫れることも少なくなり、快適に生活しています。

・2010/3頃、親しらずを4本、3ヶ月で抜歯。20年ほど虫歯になったことがなかったのですが、歯医者で検査してもらったら、オール虫歯。特に親しらずは治療するより抜いた方が良い、と歯医者さんの助言もあり、3ヶ月で4本抜歯。ホントは2週間ずつ2か月で抜歯したかったが、途中、海外出張が入って、3か月かかってしまいました。抜歯以後、少し小顔になったような(笑)。

・超近視のためレーシックを受けたいですが、怖いので悩み中。



D おまけ

・高所恐怖症。自分が高いところに立つのが苦手ですが、人が高いところに立っているのを見るのも苦手です。それでもニュージーランド・オークランドで192メートルの高さからバンジージャンプをしましたが・・・。怖かった…。

・花粉症…TSUTAYA時代に花粉症になりました。数年は風邪だから…と言い張っていましたが、3年ほど経って素直に花粉症と認めました。ここ10年ほどは春先にヨーグルトを食べて対処しています。

E 参考

・ロングステイアドバイザー…ロングステイとは海外で1ヶ月ほど生活してみませんか、というものです。主に年金生活のシルバー世代が対象です。このアドバイザーとしてのビジネスを将来的に展開する予定です。ロングステイは日本人に新しい暮らし方の選択肢を提示するものだと思います。まずお金のあるシルバー世代から海外に出ていただき、次にその孫さん世代が海外に留学して海外経験を積み、将来的な日本の国際化に寄与できればと考えています。

日本人は日本にだけとらわれていてはだめです。視野を広く、海外に向けましょう。海外くらいいつでも行けます、というスタンスを持っているのが良いと思います。

ロングステイをビジネス展開するには、現地を知らなければならない、と2012/10に会社退職後、1ヵ月かけて、オーストラリア、ニュージーランド、アジア6ヵ国をバックパックで周遊してきました。現地の様子を広く浅く眺めてきましたが良い経験となっております

みなさん、世界は動いていますよ。